
小説「太白山脈」は麗水順天事件があった1948年の晩秋に筏橋浦を背景に、帝釈山裾に位置したヒョンブザ家の祭閣付近から始まってパルチザン討伐作戦が終わった1953年晩秋のある日まで韓国民族が経験したつらい過去を反芻している。
建築家キム・ウォンさんは小説「太白山脈」を通じて闇に埋もれてしまった韓国の現代史をみて、洞窟とぐッパン(=祭祀形式)を建物の中に引き入れるという考えで自然で節制された建築様式に一歩退いた様子で文学館を視覚化させた。
そのような理由で文学館は深さ10m下に位置し、展示室にある一浪・李鍾祥(イ・ゾンサン)画伯の壁画は高さ8m、幅81mに至る。また、解放してから韓国戦争(6・25戦争)を経た民族分断まで「民族史の埋没時代」を壁がなく空中に浮かんでいる2階展示室に反映した。闇のトンネルを過ぎて屋上に行くと18mのガラス塔が新たな歴史の希望を象徴するようにそびえている。
展示館は各階別に構成されるが1階には第1マダンから第3マダンまで観覧できる。第1マダンには作家の執筆動機を盛込んだ「作家は時代の酸素、4年間の資料調査、6年間の執筆に対する物語」、第2マダンには「小説の舞台である筏橋、恨の焚き火/民衆の火花/分断と戦争、16,500枚の生原稿、恨と意識の結び目を解いて」、第3マダンには「分断文学の地平を開く、利敵性是非と議論、映画の太白山脈、世界人の小説太白山脈」に対するストーリーが盛込まれている。 2階は第4マダンから第6マダンまで展示されている。第4マダンには「肉筆の魂・作家趙廷來(チョ・ジョンネ)、作家の生活と文学、作家趙廷來の文学世界、作家の生活と文学、我々の小説太白山脈」、第5マダンには落ち着いた雰囲気で芸術関連の様々な本が読める「文学舍廊房」、第6マダンには「筆写本展示室」がある。
宝城郡